マクロ経済モデル

・1国で生産される財、サービスを付加価値ベースで名目値で集計し、物価指数で除すと実質値がでる。これを前提として議論する。

・1国の年間の供給される財は全て需要されるとする。と、総需要=総供給となる。

 

Y・・・生産、但し付加価値生産

Im・・・輸入

 C・・・消費

 I・・・投資

G・・・政府支出

Ex・・・輸出

 

総生産=総需要、但し、中間生産は中間消費され相殺されるので、正味総生産=実総需要、とすべきかも。

Y+ Im=C+ I+G+Ex    

変形すると、国内正味生産=、

Y=C+ I+G+Exー Im     

生産は中間生産を除く付加価値ベースでの集計、生産に関与した所得がある。所得の為の生産、所得は税金Tを差し引かれた後に消費Cと貯蓄Sとなる。

Y=C+S+T    

故に、

C+ I+G+Exー Im= C+S+T    

貯蓄に着目して整理すると

S= I+ (GーT) + (Exー Im)

閉鎖経済なら、Exー Im=0

財政均衡社会なら、GーT=0、

一国の正味生産Yは、S= I  の水準で決まる。

 

 I投資に着目して変形するなら、

I=S+(TーG)+(lmーEx)

投資=

貯蓄(家計貯蓄+企業内部留保)+政府貯蓄+純輸入(=対外借入)

の3つの資金源がある。

ある国が、自国の投資水準を引き上げるには、家計貯蓄を増やす(=消費を抑える)、政府貯蓄を増やす(=政府支出を減らすか、増税する)、対外借入を増やす、或いはこれらの全てを組み合わせる、しかない。

 

 

未来を失う日本人の経済学リテラシー

経済学は、

マクロとミクロに区分される。

ミクロでは、各経済主体の経済的効用を最適化行動の中身と相互連関を分析する。

マクロでは、一国経済全体の活動を分析して、インフレやGDPを対象とする。

 

*マクロ経済の視点から経済政策を統計資料に基づき論戦する為には、マルクス主義者もマルクス主義経済学、これもサプライサイドの所得分配の階級闘争でしかない歴史的限界を保留して、又は応用適用しつつ経済論争を挑まなければ議会制民主主義制度の下での「人民的議会主義」革命なるものすら成立しないし、議論も噛み合わない。

 

少なくとも、このマクロ経済学代わるマルクス主義での需要側をカバーできる学派が登場して政権主流となる前は、協議のベースを妥協して合わせるべき。マクロ経済学は十分に利用できる客観的統計を適用できる学派であり、しかも現実経済に即しており、ミクロのように頭でっかちではない。

マルクスの時代とは異なるので、マクロ経済学で対抗し論破しなければならない。又はマルクス経済学の需要側の学派を成立させて置き換える力と能力を要する。

 

古典派、新古典派に共通するサプライサイド=供給側重視の学派と、ケインズに見られる需要側重視の視点であるが、結局はケインズマクロ経済学により高度成長期の不況時に財政出動させて、結局は、慢性化しスタグフレーションを招いた過去がある。

 

この時期は新古典派が登場しても良かったのだが、日本で登場したのはバブル崩壊後のデフレ期、でありアメリカで深刻化していたケインズ型の財政出動下での不況を打破する流派が盛んな時期にアメリカで留学洗脳された竹中らにより持ち込まれてデフレを悪化させてしまった。

自分の頭で考えなくとも日本経済は成長し続けた歴史があり、経済学の国民のリテラシーは、現在もまだかなり粗末なままである。英語と経済学の平均水準が他の水準と比較して、おぞましいほどに低い。

 

現日本は、不況ではなくデフレ、であり古典派や新古典派ではデフレを深刻化するから、これをマクロ経済学の視点から論破し殲滅しなければならない。

 

マルクスを含む古典派時代は、サプライサイド、セーの法則の適用が妥当な資本主義の萌芽発展の時代、圧倒的な供給不足が環境としてあり、政府の経済介入は供給サイドにも需要サイドにも不要な自由=レッセフェールが求められたし、それが最良の選択であった。

 

ここでの政治的な対決軸は、消費地市場ではなく生産活動即ち供給サイドでの所得分配での階級対立となる。マルクスの言う通りだ。

市場に制約がなく供給サイドで発生する階級間の所得分配が問題となる。作ればローコスト生産が可能であり手工業生産に対抗して売れてしまうのだ。

 

ケインズの時代は圧倒的な供給過剰とそれによる需要不足を基調としたある意味資本主義の成熟期から終焉期の環境の中での政府の経済介入による立て直しを迫られる時代、即ち現代である。

 

小動物の食い合いから強い種が残る時代が終わり、恐竜だけが残った。

既に手工業生産は駆逐され、過剰生産の大工場とそこに就職する労働者階級による高度生産工場が林立して、ローコスト生産競争する大恐竜時代となるほど生産力が発展してしまったのである。

これだけの恐竜を維持する餌が足りないのだ。

恐竜を間引きするのが一番なのだが、何処からか食糧借りてこなくてはならない。借りて生き永らえさせるのがケインズ主義であろう。しかし、借りたものは返さねばならないが、借り続けてすむなら借り続けたい、というところが本音であろう。

 

政府の経済介入は、需要側即ち市場での階級対立に移行し、生産側では対失業の雇用をめぐる戦いとなる。

生産物の買い手がいないし足りないのだ。生産側ではリストラや合併、統合が相次いで労働者は失業者となり、世相が怪しくなるのだ。労働者は自殺するか盗賊になるしかないのだから。

FRBは、日本と異なり政府の子会社ではないが、この運営目標は、何と!物価の安定と失業の撲滅であり、現議長は労働の専門家である。金融の専門家ではない。マルクス主義者は知っているのだろうか。

GDPの原型の国民経済計算、産業連関表の創始者レオンチェフを起用したのも米国労働省の大戦後の復員兵の非失業者化と、軍事産業から民間産業に移行する際の需要不足の不安に対する対策要請、が起点であり、やり遂げた。が、実際には冷戦と朝鮮戦争による軍事需要の維持による産業と就労の維持に助けられたのが実態で、そうでなければ米戦後経済のハードランディングは避けられなかったはずだ。

また、復興に伴う敗戦国への借款などで需要不足の国内で余剰化する金融資産を活用、更にドルを国際通貨とすることで、印刷すれば良い状況にしたはずだ。

 

話戻して、確かに大工場を共食いさせることで減量して調整することも可能だが、この場合、淘汰された工場からは大量の失業者が出る。

失業者には購買力はなく暴徒化し、治安費用がかかる。工場には投資需要がなく生産物を消費する労働者が減ることで更に生産過剰となるデフレスパイラルとなる。

これが現代であり、それが国内で抑えられない国や地域から戦争となり、自らの群れを生き残らせ繁栄を維持しようとする。

 

しかし、この過程でより高度の恐竜に成長する群れと、壊滅させられた地域に激しい復興需要が発生するのだ。格差は大きいものの壊滅した地域にも発展性が残ることになる。

この大戦に参加しなかった平和な地域は、勝ち残ったより強い恐竜の支配下となる、のだ。

また復興して強化された恐竜の地域も、餌場が足りなくなり、また大戦前、となるのだ。

資本主義の時代は終わろうとしてもがいているのかも知れない。しかし、終われば労働者階級は生きていくすべを失う。

 

成長期、それは成長の為の投資、が供給側で継続して生産力が上がる時代である。

不況になり投資が減退すると、理論通り金利を下げれば良い、となるはずが、現代日本はゼロ金利でさえ投資が消極的であり、ミクロ理論上の投資量が金利の関数、では全く無い異常事態が継続する。

この上金利上げたら更に投資は減る。投資しないから金融資産のまま企業が備蓄する。せいぜい海外投資運用となる。

ゼロ金利でも尚国内のこの投資需要の不足は、金利操作で効果ない段階になっていることの証であり、投資が将来への期待、と動物精神(アニマルスピリット)による、というケインズの理解の正しさを証明している段階である。

少子化してもの余り、住宅の国内需要もない。

持ち家が二軒あり、夫婦でどちらかで済むことになる。また、経済が成長の必要がないので投資はリスクのみだ。また、経済成長ない時代に育ちリスク回避の意識も高い。特に現役労働者に。

 

結果として企業利益を金融資産で残しながら労働側の分配の差別化により、正規、非正規でシェアする社会主義的思想方式になり、失業者はいないが、ワーキングプアが2/5という異常が継続拡大しているのだ。正社員は要らない、アルバイトが大量に欲しいのだ。だから移民政策を推進し、もはや機械化が進み子育てもない主婦のアルバイト導入を図るものの、主婦を長くやってると現代の生産活動についていけないお嬢様扱いを求める主婦ばかり、となる。

 

話を戻せば、政府がどの階級の利益をより市場に持ち込むか、であり財政出動を通じて一方で国内政府債務を負いながら需要を拡大することで、供給過剰を緩和して供給側を残存させる政策となる。

政府が介入できるのは、市場に対して、であり政府投資もただの消費でしかない、何故なら自らが生産活動するわけではないから返済の道は、企業の成長による労働所得と資本所得からの所得移転に頼らざるを得ないのだ。官僚はリスクを負って生産活動する人種ではないし、官営の産業が大赤字を抱えても立法したのは国家であるとして退職金を平気でもらう体質の人達だ。

橋や道路を作っても生産活動を側面援助はできるものの、固定資産償却分の補充原資でさえ徴税分からしかできないのである。

 

政府の投資、はなく消費でしかない。家庭の持ち家や耐久性消費財とかわらない。消費の合理的な編成変更=移転でしかない。

しかし、この国策治療が行き過ぎれば投薬の副作用がスタグフレーションをもたらし、供給サイドの活性化が必要な新時代古典派の復権再来が求められる。

が、これは財政出動が効果あることの証であり、需給バランスを市場にもたらしたのちにも、財政出動を継続した政策ミスの結果である。誰も悪者になりたがらないのだ。

ここでは財政出動停止と徴税実行=増税をもってバランスを取りつつ、政府セクションの累積債務を返済する、政府の経済介入が必要であることを怠ったことから、新古典派なる小さな政府、既存企業の既得権益打破、供給サイドの競争組織による活性化、が当然に必要となるのだ。

 

日本は、デフレ克服に財政出動と金融緩和を必要とした、即ちケインズ主義政策が必要な時期に、なんと愚かしいことに、新古典派理論を採用した為に、更にデフレを加速して長期化させた。

橋本、小泉政権である。橋本が最悪でありデフレ長期化の先鞭。小渕内閣財政出動させたが、小泉が戻して新自由主義を導入、長引かせて、安倍は金融緩和だけ行い、財政出動を拒んだ為実需が増えずに金融資産バブルを起こして現在に至っている。

更に税を導入してまたデフレを長期化させようとしている。こうして日本は成長せずに30年を経ようとしている。

 

民主主義政治体制は、増税派は落選する。

デフレ克服後は政府の強いリーダーシップ、集権化した政府が求められることになる。非民主主義的国家の登場が求められるのだが。

強力な財政出動停止、金融引き締め、増税をセットして借りを返さねばならない。アメリカは今やっている。

 

デフレ時期は、ケインズ政策、克服後は増税新自由主義が必要かもしれない。世界の大半がそうであるように。

しかし、日本の一番の深刻な状況は、国内投資が企業によって行われることのない状況そのものであり、バブル崩壊後に積極姿勢を失い、アニマルスピリッツも将来期待もない、老人だらけの国民の成長意識の喪失に問題があり、また高齢世代の金融資産の活用不足にあり、高齢者資産を担保とした積極的未来投資を政府が行うこと、に対策は尽きる。

しかしながらハングリー精神を失った現役世代及びその二世がアニマル化するまでは、我が息子の1人が言うように、一度崩壊して立ち上がる人によって再建するしかない、のかも知れない。

安定成長による経済リテラシーの国民的不足、ミクロではすごいが全体包括して理論的に国家運営する、できる政治家群、使命感で国難を打破する官僚群、が安定成長の陰で喪失しているのも不幸を長期化しているのかも知れない。

SNA国民経済計算-3

[  3  ]  国民経済計算の概要

 

1.  生産と1次所得の分配

   (付表1.  財貨、サービスの供給と需要)

   国内産出+輸入、が供給され、その需要は、

   中間消費+政府最終消費+政府家計最終消費+固定資  

   本形成+在庫品増加+輸出  である。

 

   (付表2.  経済活動別の国内総生産・要素所得)

   産出額、中間投入額、国内総生産(付加価値)

   次に付加価値から、固定資本減耗と税=生産、輸入

   を控除して国内要素所得が表示、これを生産要素別    

   に、雇用者報酬と営業余剰・混合所得に分配。

 

   V、U表は略、産業連関表を参照のこと。

 

2.  所得の受取・使用と資本の蓄積・調達

    一次所得を受け取った各経済主体は、他の経済主  

    体への再分配、消費支出、実物投資、金融資産の

    取得へ。

    取引過程で、資金不足の経済主体は他の経済主体

    から資金を調達する。

    1.経常取引・・・所得支出勘定

       ①第一次所得の配分勘定

       一次所得と財産所得がどう、制度部門別に配分

        ②所得のの第二次分配勘定

       経常移転、主に税による分配後の可処分所得

        ③現物所得の再分配勘定

       可処分所得をもとに税社会保障の受払による、

       調整可処分所得

       ④所得の使用勘定

       ②と③から、貯蓄を導出する。

      この複雑さは政府と他主体の関係を明確化だが、

      ここで、貯蓄は、

       可処分所得+年金基金年金準備金の変動ー最終消

       費支出、   か、又は

       調整可処分所得+年金基金年金準備金の変動ー現

       実最終消費、として定義され、実物資産と金融

       資産への投資財源となる。

 

    2.資本取引・・・資本調達勘定  

       各制度部門は、資金を調達して実物資産と金融

       資産で運用するが、調達と運用の間の恒等式

       自己資金の調達額+金融市場からの調達資金純増

       額=実物投資+金融資産の純増額

 

       ①実物取引勘定

          「実物資産の蓄積 側」

          総固定資産形成(固定資産減耗を控除)

          在庫品増加

          土地購入

          純貸出・・・赤字なら借入超過、黒字なら逆

          「自己資金の調達 側」

           貯蓄

           資本移転

           

            ②金融取引勘定

            実物取引表での資金の過不足が、金融取引で

           どのように融通されたかをみる。詳細は略

 

3.  フローの統合勘定

    制度部門別の所得支出勘定、資本調達勘定を日本  

    全体として見た場合。最も大づかみできる。

    ①国内総生産

    ⑴統合勘定1. 国内総生産勘定(生産側及び支出側)

       生産側は

       雇用者報酬、営業余剰・混合所得、固定資本減  

       耗、生産・輸入税控除補助金、不突合

       支出側は、

       民間最終消費支出、政府最終消費支出、固定資

       産形成、在庫品増加、輸出控除輸入

    ⑵統合勘定2.  国民可処分所得と使用勘定

      可処分所得の使用

      民間最終消費支出、政府最終消費支出、貯蓄

      国民可処分所得

      雇用者報酬、海外からの雇用者報酬、営業余剰・

      混合所得、海外からの財産所得、生産輸入税控除

      補助金、海外からのその他経常移転

      ⑶統合勘定3. 資本調達勘定

       1.実物取引

         実物資産の蓄積

         総固定資産形成、控除固定資本減耗、在庫品増

         加、海外に対する債権の移動

         自己資金の調達

         貯蓄、海外からの資本移転、不突合

       2.金融取引

         金融資産の蓄積

         対外資産の変動

         金融市場での資金調達

         海外に対する債権の変動、対外負債の変動

      ⑷ 統合勘定4. 海外勘定

        ・経常取引

        財貨サービスの輸出、雇用者報酬の支払、財産

        所得の支払、その他の経常移転支払、経常対外

        収支

        経常受取

        財貨サービスの輸入、雇用者報酬受取、財産所

        得受取、その他の経常移転受取

        ・資本取引

        経常対外収支、資本移転受取、控除資本移転支

        払

        ・金融取引

         資産の変動

         純貸出/純借入資金過不足、負債の変動

    ②国民可処分所得と使用

    ③資本の蓄積と調達

    ④海外取引の受取と支払

 

4.  期末貸借対照表勘定(制度部門別)

     非金融法人企業の期末貸借対照表勘定

     資産・・・期末資産

     非金融資産(内訳、略)、金融資産  

     負債・正味資産・・・期末

     負債、正味資産 

 

5.  調整勘定

     1)  その他の資産量変動勘定

        不良債権の償却、災害による資産損失

        資産

        非金融資産、金融資産、変動

        同上   変動

     2)  再評価勘定

        資産価格の変化に伴う再評価分、物価変動等

        1. 中立保有利得又は損失勘定

            一般的な物価変動

        2. 実質保有利得又は損失勘定

           物価変動のうち、財貨サービス一般の価格に

           対して当該資産の価格変化分を記録。

           土地、株式のキャピタルゲイン、ロスの変化

           勘定には、変動、を項目追加

 

6.  ストックの統合勘定

 

7.  主要系列表

 

 

SNA国民経済計算-2

[  2  ]   取引主体の分類

統計の体系として、取引主体を2つに分類する。

「経済活動別分類」と「制度部門別分類」だ。

 

1.  前者は、生産分析からの分類で、生産技術の等質性に着目した分類。事業所が統計の基本単位。

産業、・・・・農水業、製造業、建設業等

政府サービス生産者、

対家計民間非営利サービス生産者

に大別される。

 

2.  後者は、所得の受払や使用、資金調達や資産の運用で分類する方法。所得使用の等質性に着目、事業所を統轄した企業が基本単位。

取引主体は、

1.非金融法人企業

2.金融機関

3.一般政府

4.家計、個人企業を含む

5.対家計民間非営利団体

           5.は生協や農協などで省略できる規模だが。

の5制度部門に大別される。

 

現実には後者の制度部門別がよく使われる。

 

SNA国民経済計算-1

現行の国民経済計算は、1993年に国連が勧告した国際基準、93SNAに基づく。

 

[ 1 ]  経済循環のとらえ方

 

1.  生産要素(労働、資本ストック)、土地、を組み合わせて使用し、原材料(中間財)を投入し財貨、サービスを産出する。

 

2.  生産活動の過程で生み出された

付加価値(産出額ー中間投入額)は、固定資本減耗と純間接税を控除した後、各生産要素の間で配分される。

要素費用表示の国民所得

=営業余剰・混合所得+雇用者報酬+海外からの純所得

 

3.  他方、産出された財貨、サービスは、中間消費や国内最終需要、輸出販売される。

 

4.  生産要素を提供した各主体は、配分された報酬から所得税等の経常税や社会保険料等を一般政府に納め年金等の給付を受ける。各主体間で配当や利子の受払を行い所得の再分配が行われる。

 

5.  再分配後の所得をもとに各主体が消費の為に財貨、サービスを購入したり、住宅企業設備、土地等の実物資産を購入する。

 

6.  支出の結果、資金に余剰が生じた主体は、預貯金、公社債、株式等の金融資産に運用する。資金不足した主体は、不足分を金融機関からの借入や公社債、株式発行により資金調達する。この調達と運用は海外にも向けられる。

 

7.  海外との取引は、

経常取引(財貨、サービスの輸出入、雇用者報酬や財産所得の受払)

資本取引(直接投資、借款、対外証券投資)及び金融取引(現金、預金、株式、金融派生商品の取引)に。

このうち、輸入財貨とサービスは、国内産出のそれと同様に中間消費、国内最終需要、輸出向けに販売される。

海外からの所得、経常移転の純受取額は、国内の各主体の所得となり、消費支出や実物資産、金融資産の購入に充当される。

 

8.  各主体が、実物資産を購入、又は売却すると、この主体の保有資産のストック量が増減する。また、借入等の資金調達を行うと負債の増額が変化する。

 

9.  当期に増加した資本ストックは、次期の生産要素となり、労働力と共に生産活動に提供されて所得を生み出す。また、当期に蓄積されて増大した金融資産や土地は、次期に利子や配当等の財産所得を生み出す源泉となる。

 

(以下は、私的解説)

・これは、内閣府で作成しているGDPの計算根拠であり、中国等いい加減な統計もあるが、国際標準の約束事により作成されている。

 

ソ連モスクワ大学マルクス経済学を専攻したロシア人のワシリー・レオンチェフアメリカに移住の後に、アメリカの労働省で採用された国民総生産計算方法。第二次大戦後引き上げてくる大量の失業兵士群と、軍需生産が大幅にダウンすることによる大恐慌発生を避ける方法をこの計算でソフトランディング予測をしてもらい、ほぼその通りにできた逸話もある。しかし、個人的には冷戦による軍需生産の継続と、在庫抱えた大戦時代の武器の消化の為に朝鮮戦争が矛盾を解消したように見えるが。

現在では、世界標準となっている。

 

・これを読むと、早い、或いは若い時代に節約して、又は相続財産を受け取るか、宝くじにでも当たって(^^)金融資産と土地を得ることで、労働所得だけでなく、利子や配当等の財産所得が得られることがわかる。又は、その資金を実業に起業投資することでも同じである。

まあリッチになりたければの話だが。それなりに働いてそれなりの消費をして楽しい人生をおくれればそれが一番いい、という気もするが。(^^)

 

 

貯蓄のパラドックス

新自由主義発想をやめてケインズ主義を復活せよ!

さもなくば戦争発生でしか救国できない!

 

大局的には、現在の日本は長いデフレ期であり、戦争でもやならないと供給力不足にはならない構造です。

日本の現在のデフレは経済の病でもあるのですがその治療は20年経っても直せない、素人の政治家や御用学者ではなかなか治せない死にいたるような重い病なのです。

この人類史上かつてない長期にわたるデフレ経済は、実は1990年代のバブル崩壊の対処の間違いが原因で、お金を借りてばらまく激しい金融緩和の不足でした。戦後にあまりにも順調に経済成長したツケで、金融財政政策のノウハウもなく、何もしない政治でも経済成長がそのお粗末さを隠してきました。

デフレは、人為的操作無くしては解決しません。

長いデフレの放置も徐々に回復して借金返済から貯蓄増に変化してデフレを脱却できる兆しが出てきたところで橋本内閣が緊縮財政と消費税増税社会保障費を大幅削減して本格デフレに戻し現在まで継続。また、小泉内閣も竹中新自由主義を導入し、供給力を多様化、競争激化方針を導入、需要拡大策と真逆の80年代のアメリカの主流経済学で臨みました。取るべき方策が全て逆だったのです。

更に、安倍のミックスで、実需を伴わない金融緩和を日銀黒田が行い、デフレで株バブル、貯蓄過多でも消費停滞、総賃金減少、国力低下、しかも消費税増税という逆方向の施策が国民的支持のもとに行われようとしています。

デフレでバブル発生、という人類史上ない実験が行われています。

 

民主主義の衆禺政治システム制度だと、皆んなの感覚と逆の治療が必要なので治すのが難しく、この時代には保護主義、国家資本主義、国家社会主義共産主義などが台頭して、一定の効果が出てしまう時代でもあり、治療は困難の極みです。

常に緊縮財政=正常化に戻す圧力を受け続けることが完治できにくい理由です。完治する前に、緊縮財政や増税に舵を切ってしまうからです。

ケインズ政策を辞めて、アダムスミスに戻ってしまうのです。

 

勿論戦争などではなく、大規模災害復旧でも同じですが、緊縮財政が基調の意思になるので、需要拡大のチャンスを逸し国債発行による実需拡大が中途半端になってしまいます。

戦争だと待った無しの需要拡大となり、供給力収縮が完全に止まります。戦争がデフレの特効薬なのです。とても愚かで残念ですが。

 

要はデフレ期とは現在消費や現在投資を極端に避ける思考回路に国民全体が傾き、貯蓄や借金返済(=貯蓄)に傾斜してお金があまりだし、借り手がいないのです。また、問題は不良債権の完済まで状況が続き、それを超えて貯蓄過多になってもこの体質が継続する難しさがあります。確かに、国が他国に借金をした状態で返済が滞れば、返済分の労働所得は実需を産まないで徴税され返済されるので貧しくなるのですが、日本の場合は国債は国内で消化でき、発行国債を超えた金融資産が政府以外の企業や特に家計にあり、滞留しているのに尚貯蓄し、実需である消費や投資を萎縮させる傾向が続いています。

だからこそまだ大量の国債発行が必要な時期だ、そして実需を拡大して消費投資を政府が行う必要があります。

政府は借金の山なのですが、企業と家計の合計が貯蓄の山で後者が大きすぎて、尚この傾向が強いままで、まだ債権過多なので金余り、貯蓄過剰ということになります。一方でマクロ経済的には貯蓄過多は実需不足となり供給力過多の供給力を、消費や投資を減らし、そして、総生産、総実質賃金を減らし続ける死の病、なのです。

 

ではなぜ、このような状態になるのでしょうか?

正常な経済活動では、需要に対しての供給不足が常にあり、生産して販売されます。売れて労働所得が増えるので、もっと働きもっと儲けてもっと消費する流れです。これは企業も家計も同じです。この過程でも自由放任経済なので好況と不況の波はあり、不況のあとには好況が来てまた不況になりながら螺旋を描くように経済成長していきます。

 

一方で貯蓄も行われるのですが、その貯蓄は金融機関を通じて生産手段に投資され生産性を上げて人件費を減らして固定資産減耗費を加算して尚生産コストが下がる循環の中で生産力が上がり、需要をより多く満たしより豊かになります。

貯蓄金に需要があり、循環するのです。資金需要が激しい場合、急成長しているときは、貯蓄がブレーキをかけることはありません。

同一労働時間で生産量が上がるので、沢山の消費が可能となり豊かな消費生活が可能となります。

この循環では需要に対して生産力不足なので、セーの法則の働くアダムスミス流派の古典派や新古典派の考え方が正当となります。

マルクスもこの流れの中にあります。ただ労働所得からの収奪により資本が形成され彼は貧困化する労働者の階級闘争による分配の強化獲得の必要性を論じ、スミスは神の見えざる手による自由主義放任でこそ前向きの力が常に働くとときます。また、正常な経済体制なので、マクロよりミクロ経済が花開きますし、レッセフェール、自由放任主義が最も良い経済政策となります。不況時期でさえほっておけば徐々に好況に向かう自然力が働くのです。

 

分業生産による労働所得の交換市場での運輸、商業、金融労働所得を付加し、これを含めた労働所得同士の貨幣を媒介とした生産物又はサービス労働の所得交換がなされて所有権が移転して消費されます。労働所得増がマクロ経済を大きくするのです。

 

しかし、労働所得の全てを交換しきるわけではなく、一部は貯蓄に回します。家計=労働者階級は将来や老後、病気や災害にも備えなければなりません。

限界消費性向の登場です。

限界消費性向が1なら、労働所得を使い切る消費、0.5なら消費と貯蓄が半々というものです。

仮に、全員が1の宵越しの金は持たない江戸時代の価値観であったものが、0.5の消費性向になったのなら、消費の社会的総量は1/2になります。

1、の時の半分の消費規模=生産規模となるまで不況は続きます。

GDPが半分になる、しかし、貯金が銀行に行き、銀行は借金して金利を付けて、企業に貸して利鞘を稼ぎます。借りた企業は固定資産を発注し生産増加したり、原料増や雇用増に伴う運転資金にも使います。お金は経済成長と共に需要は増えます。

金本位制だと、金の産出が間に合わずに不況となります。この場合は、一定の交換率を保証した紙切れでも十分なので印刷紙幣を増刷すればいいのです。

 

銀行は預かっているお金を貸すのではなく、預かっているお金を見せ金として、それより多くのお金を貸します。貨幣は銀行で発行されるものなのです。

信用による貸し金で、預金数字を借り手の口座に記帳するだけです。だから、不良債権ができると債務過多になり、銀行倒産する場合もあるのです。それを避ける為に中央銀行が各国で設立されてリスクをヘッジしていますが、アメリカはなかなか設立しなかった過去があります。何故なのか理由を考えてみましょう。

 

さて話しを戻して限界消費性向とは、

現在総消費/総労働所得なのだから、これが減っていく傾向とは、節約であり、将来消費に備えるディフェンシブな貯蓄志向の高い消費スタイル、蟻です。

 

一方で1.のようにこれが増えていく時は、気前よく今を楽しむ暮らし、となります。キリギリスです。

 

蟻🐜さんのスタイルが強まると、消費規模は小さくなるので、生産も減速して労働所得も減る流れになります。また、キリギリス方向に進むと、生産も加速して労働所得も増加します。

景気循環をくり返しながら、貯蓄したり取り崩したりします。

蟻🐜さんばかりだと堅実ですが、生産力が落ちて給料が減る方向になります。日本人は蟻さん🐜。

 

小遣い帳や家計簿感覚だと、貯金はたまるのですが、お金の借り手が見つからない場合は、お父さんの仕事は消費減で減るだけだから、小遣いの支給額や給料が減ったり失業して小遣いや家計収入の元がが減る可能性さえでてきます。

このマクロ経済がわからない真面目な労働者は、給料が減っているし更に減る方向だから無駄遣いは敵だ!となります。さらに貯蓄性向を強めます。

借金して消費を増やす、投資を増やすなんてけしからん!となり、緊縮財政を求める大合唱になります。

消費を節約して貯金を!の大合唱に。

で、更に生産力が収縮します。

これでは溜まった貯金即ち銀行の債務は増え続け、銀行が貸す相手が更にいない状態になります。

 

いずれにせよ貯蓄は、現在消費を減らして将来に貨幣を=債権を=所得からの将来消費を増やしていくためのものです。この限界消費性向は1以内で、好不況を繰り返しながら成長します。

 

では、限界消費性向が1を超えることはないのでしょうか?それが実はあるのです。これがデフレの発生源のバブル生成なのです。これは、限界消費性向が1以内の好不況とは、別次元なのです。

 

それは需要が過熱して、土地神話のような、或いは株価はこの後も上がり続けるだろうとの楽観論が支配する世界で、生産労働所得を超えた消費や投資が行われることになります。生産労働所得をこえる投資や消費、投機さえ行われます。これは将来所得、即ち借金による投資、消費、投機を指します。

将来労働所得を前借りすることで消費が増え、生産も生産力も増える状態を指します。2年分、5年分の給与所得の前借りでチューリップを買うようなものです。

しかし、投機熱が冷め、目がさめると借金だけが残り、返済義務のために翌年から消費を減らして貯蓄=

借金の返済、のことですが、労働所得が注ぎ込まれ、その分の減らした消費で生産需要も減り給料も減ります。この場合は金欠病なので、銀行も信用貸しで元本さえ毀損していて貸し剝がし、貸さないで元金を保全しようとします。

ここで銀行の毀損分以上を無利息で銀行に貸して、資金が回るように金融緩和して、銀行機能を復活させなければなりません。

ヘリコプターから銀行に湯水のように金を貸す大規模金融緩和が必要です。

これで貸金で消費を増やせる状態にしてあげなくてはならず、消費増から生産増、給与増の循環に実需を戻してやらなくてはなりません。

ヘリコプターから不換紙幣を銀行にばらまくのが有効ですが、インフレには絶対なりません。

消費に消極的だからです。万一インフレ傾向が出れば緩和策を中止すれば血液である貨幣がうまく循環し出します。

この時点ではバブルの後悔もあり、以前の豊かな消費にはなかなか戻りません。

 

しかし、借金を返済し終わっても、消費気分が減退したままなので、その資金の流れ即ち貯蓄志向が継続、借金を返し終わっても貯蓄が溜まり始めても消費は回復しないまま、が継続します。

これが現代日本の状況です。

 

生産力は徐々に落ちていき貯蓄は溜まるので、銀行は貨幣発行即ち債権を発行する相手であるお金の借り手がますます現れないのです。

果ては銀行倒産の方向になります。利鞘が一切稼げないのに貯蓄という銀行とっての借入だけが膨らむからです。

 

本来なら、バブル処理終結宣言!を出せばいいだけなのですが、自傷行為が継続しているのです。

経済成長していないので、税収は増えず、ここで税収を増やせば更に消費が減ります。安倍首相は消費税を上げる、と言っていますが。(^^)

財政は経済成長しないまま高い支出の社会保障を維持できずに赤字に転落、すると節約要求の大合唱の中で、更に総消費の政府部門が抑えられます。

 

逆回転させるには、政府の債務を増やして「消費」を高めることで、生産増を誘導して給料を増やす構造転換が必要なわけです。財政出動ですが、コンクリートから人へ!とか、無駄な箱物投資で財政は、破綻する!などのど素人の意見が、あたかも国の基本方針であるかのようなお粗末な誘導がなされます。

政府の借金に官僚は怯えますが、彼らは税収で給料を貰うだけの、年金生活者や生活保護者と本質的には変わりません。安定税収を求めるだけです。

税収の元、生産活動を活発にすることで、限界消費性向を高めることで税収が高まる、という発想はないのです。しかも、解決策はこれしかない、のです。

日本は家計と企業に貯金が有り余ってますし、政府でさえ特別会計埋蔵金が溢れています。

 

もし、1000兆の借金でなお国債が必要になり続けて破綻に進むのなら、なぜ金利がほぼゼロなのでしょうか?ギリシャなど10%を超える金利でないと国債買う人はいません。

 

話を戻すと、バブルにより、そしてその崩壊により、正確には将来所得を前借りして、宴を盛り上げてしまい、請求書を見て目が覚めた。それも年間労働所得をはるかに超える消費とそれを支える生産力と給与を消費した、即ち来年、再来年分の生産を借金でして、労働所得も得たが、それをはるかに超える1億円の宴会をやってしまった状態がバブルの崩壊なのです。

だから翌年には、労働所得の限界消費性向が0.5、0.4、0.3、と貯蓄=返済に回り、実需は減り続けるのです。

長くなったけど、バブル崩壊による貯蓄性向の過剰な推進による経済規模の縮小、これが貯蓄のパラドックスであるわけです。

であれば、自由放任、古典派、新古典派、の自由経済政策では復興しない、経済成長過程での好不況の不況とは全く異なる状態である、という認識が必要で、需要をわざわざ人為的に高めるしかない、という点で、成長軌道での好不況とは全く別の病である、との認識が必要なのです。

不況ではなく、デフレ、なのであり、対処法は不況なら自然治癒に任せるのが良く、デフレなら自然治癒がなく、投薬や手術が必要、ということです。

 

ケインズ合成の誤謬、貯蓄のパラドックス、に達していたのです。ケインズ方向での国によるテコ入れが必要でニューディール政策もやるし高速道路網建設や発電用ダム作り、ヒトラーによるアウトバーンの建設国家的投資、などをやるのですが、やはり民衆はバブル崩壊の恐怖でパニックになり、少しでも公共投資で効果出ると、すぐ緊縮財政に舵を切ります。

で、デフレは継続復活し、結局は戦争経済で救われる形になるのです。これでしか供給生産活動の向上を図れない現実があり、結局は戦前ということになります。

日本の場合は、ここで、即ちバブルで吹き飛んだ債権の穴埋め貯蓄が貯蓄過剰になったあとで金融緩和を大胆に進めました。安倍のミックスです。

これで更に銀行の預金残高が膨れ上がり、デフレバブルなる世界史上過去前例経験のない状態が日本で作り上げられてしまったのです。

結論は、政府としては国債発行量をデフレギャップ分やればよかったのが、バブル毀損分を埋めて尚、折角国債発行によりデフレギャップを埋めかかっていたのに、その国債を買い取るという形で発行量をへらしてしまったので、またデフレギャップが拡大してしまい、デフレ克服が遠のいた状態です。国債を更に320兆円プラスすると、過去のデフレギャップにもどり、あとはその分の国債発行すれば良いということになります。日銀の策は金融緩和、と名付けていますが金融引き締めに近いもので、デフレギャップを拡大してしまった誤った処方箋を施したことになります。だから、もう一度元に戻し、更にデフレギャップ分の国債を発行することで、デフレギャップを埋めるしかない、余計な事をやったことになります。こうすることで銀行に滞留した預金を消化できて、初めて資金需要が起きて生産拡大への通常の好不況を伴うアダムスミス的なセーの法則による成長軌道にもどすことができるのです。

金融緩和という名の、為替介入円安誘導でしかないことがわかります。

デフレバブルを克服する政治力が日本にあるとも思えません。従って戦争を自国がやるやらないを別にして、激しい生産力需要、資金需要の種がなければ、この収縮経済、緊縮財政がずっと続くことで、世界の中の国民総生産GDPの順位だけがどんどん落ちることになります。日本は、戦争によるしかデフレバブルを克服できないと思います。直接参加しようと、死の商人になろうと。だから今は戦前、なのです。ケインズの貯蓄のパラドックスを打ち破る、財政政策を、多大な国債発行によってなすのが戦争以外のデフレ克服法なのですが、残念です。

 

 

 

経済のポイント-6

「閉鎖経済での集団的経済活動」をこの章の以降で深めてみよう。

島国日本での平和的鎖国状態と考えれば良い。

 

ところで日本の人口は、鎌倉幕府始めで750万人、江戸幕府始めで1200万人、江戸幕府終わりで3300万人、第2次大戦終戦時で7200万人、戦後のピークは2008年の12808万人。ここを境に下降に向かっている。

 

江戸時代は平和で、徳川幕府による封建的農本主義で、ケネーの言う経済表範式があてはまっている。生産階級、支配階級、不生産階級が、日本では士農工商で農業生産の米を藩が収奪し分配する経済システムである。当時のフランスと同様である。

 

全国の石高分配では全体で3000万石、うち徳川が800万石の最大支配階級であり国権を代表支配する藩連合を徳川が束ねた形の国体であった。

 

明治になり不生産階級=工商階級による資本主義システムが輸入され経済発展して人口は倍加し、敗戦後の戦後復興で更に倍近くまで伸びたが、その復興経済に朝鮮戦争ベトナム戦争特需があり、巨大な生産手段投資が支えられ、その生産力でブレトン・ウッズ体制の固定為替での輸出が続き、主にアメリカからの所得移転が進み世界第2の経済大国に成長した。

しかし、アメリカからの変動相場制要求により超円高に振れバブル化しそのバブルが崩壊し、時間を経て衰退に向かった。

冷戦崩壊により、日本の位置は冷戦敗戦国の中国に強い復興需要があり、日本の戦後復興の地位をほぼそのまま中国が譲り受けることになった。

 

グローバリズムの勃興で日本は資本輸出国の側になり、中国への生産財資本投下競争への積極参加により、国内総生産が単純再生産的足踏みに留まり、国民総生産としてのみ維持する国民経済となり、現在も国内生産は停止中である。

 

さて本題に移る。

・集団社会とはいえ、集団での生産は勿論集団の需要を満たす為にその分を生産するのであるが、

生産力が低い間は、余剰生産物どころか不足する生産物の奪い合いにより、最終的に分配を受けられなかった者が淘汰される弱肉強食社会となる。

人口も自然に増えるのではない、淘汰されるのだ。

しかし、農機具の進歩や農業技術の進歩により、平和が続けば次第に農業生産力があがる。

ある時点で人口需要を超えた生産物が得られる。

これが既存の農業生産人口を支えるだけでなく、超えた分は、農業生産人口を増加させることにより、消費増となり余剰生産物を失うモーメント力が働く。

もともと、生産力不足の時にも分配抗争により、より多くの分配を得て生存を維持する力が働き、その秩序、即ち生産階級と支配階級との抗争は継続してきた。

横領されると食糧不足となる生産階級は、常に強制的所得移転=税収奪には抵抗するわけで、それを暴力で抑え込む支配階級のシステムが常に機能していたはずである。上手くできなければ新たな支配階級に取って代わられるだけだったはずだ。

 

支配階級が存在しないのは、南洋の孤島とかの自然の食糧が豊富で気候が温和、分配が見える程度の少人数の地域社会に限定されるはずだ。

 

そもそも閉鎖経済圏自体が陸続きなら、他の経済圏からの脅威には常にさらされるわけで、支配階級も安穏としておれず、富国強兵を迫られるはずだ。

したがって、生産力の向上と税収の拡大という相反する課題に取り組み、生産階級は生かさず殺さず、農閑期には兵士として雇用することにもなる。

膨大な官僚機構や職業軍人、兵器や武具の生産力を常に必要としていたはずだ。

 

超過生産分を所得移転すれば、農業人口は静止し、維持はされるが、一方で所得移転を受けた非生産階級人口は増加することになる。支配階級の直接雇用の公務員と非農業生産階級である不生産階級である。

その人口総量は頂点に君臨するのが支配階級なので少数であり、また過剰生産力も当初は大きくないので当たり前であるのだが、過剰分を収奪した農産物移転所得は消費しきれず、この消費の受け皿として支配階級の召使い労働を行う不生産階級人口を増加させ、またサービス労働させることで、支配階級の需要をより多く満たすことができる仕組みである。

常勤的には、官吏や職業軍人や徴税人や警察を国家の礎とし、あとは非常勤として消費財やサービス生産する召使いや民間の不生産階級を城下町に集めることになる。

 

彼ら不生産階級は城下町で支配階級の所有する余剰農業生産物と引き換えに支配階級の需要する労働を行うのだ。

それは、城の建築に始まる土木や建築、同作業員、内装、装飾具、美術品、服、等の加工生産労働や、調理、理美容、清掃等のサービス労働である。

そこから溢れると、乞食、売春、盗賊が増え、失業者の成れの果てであり、これらが一定数いる、ということは過剰な労働力人口にあり、彼らは支配階級同様に支配階級からの余剰生産物の間接的流入により生存維持されたり絶滅したりする調節弁の役割を果たす。

消費財は、原料を採取、運搬移動させたものを目的物に加工労働するものであり、原料採取労働所得分にも分配されつつ加工労働は行なわれ、その総労働所得分を支配階級のもつ余剰農産物と交換するシステムである。

 

しかし、直接雇用する官僚や、受発注相手となる不生産階級の量と質は、全ては過剰生産物の量に関わっているが、過剰に収奪すれば反乱が起きるし、生産力自体が落ちる。逃散など生産階級の他の経済圏への脱走も導く。

したがって生産力を上げるには、人力に依存するのではなく、農機具や倉庫、運搬具、肥料や防虫害予防、暦作り、などの後半の農業技術に対する投資により多くの不生産階級を投下することで増産が図られ、また経済圏の拡大戦争による領地と領民を増やすことで移転所得=税収奪量を増やすことになる。

 

この仕組み、国体は政治力であり、経済力とは無縁である。これが実態と知った上で、グローバリズムの成れの果てでもある、閉鎖経済圏について考察するしかない。だからこれは単に現存しない政治権力の及ばない夢想そしてのモデルではあるが、グローバリズムもいずれは行き着くところまで行き、このモデルに到達する、との理解で次章で検討する。