経済ノート-3

1. 農本社会から資本主義社会への変化は経済システムの変化である。農業生産を中心とした社会の生産基盤は土地即ち農地、即ち領土であり既得権益を保障する国家である。対応する統治システムは専制暴力であろうと法治国家であろうとこの経済システムの維持を目的とする国体を作り維持するものだ。

政権が王制か軍事政権か、はたまた社会主義政権かを問わない。

 

2. 要は余剰生産物を、農民の所得配分増か、農業資本=固定資産減耗配分増か、支配階級の税収増にするか、の選択である。農民の所得配分増なら貯蓄による流通循環からの離脱なければ不生産階級生産物の生産増=農民階級の消費増をもたらす。

固定資産形成でも同じである。支配階級の税収増も同じである。異なるのは固定資産形成増のみは次期生産農産物増をもたらすことである。

また、生産階級、支配階級の所得配分のうちの使途が、金融機関を通じて不生産階級への投資や融資、社会資本の整備などの固定資産形成に使われれば、生産性向上をもたらすのでゼロではない。

 

3. 不生産階級の人員増は生産階級の余剰生産物増によってもたらされ、不生産階級の総生産のうちの余剰生産物増による固定資産形成増がさらなる余剰生産物増をもたらす。この循環が資本主義を育て、土地に限定された資本が、人の技術水準向上や投資拠点の選定に判断の重点が移行する。生産組成の方針に依存することになる。

 

4. 上記により、国家や領土の国民国家は、その統治システムの目的が制限されることから、国法体系が揺らぐ。グローバルに資本が異動できるようになると、国法とグローバルルールとの間に矛盾を生じさせる。資本のグローバル異動が国法に挑むことになる。国法の経済活動にかかわる部分は地方の政令や条例の位置にランクダウンさせることになるし、この操作を拒絶する国家は生産拠点の対象から除外される宿命を迎える。

憲法は、国際的な金融商業関係法については傘下とされる位置に。また、債権債務に問題が起きた場合、その解決は外交問題になるが、最終解決は軍事力となる。軍事同盟ならなおさらだ。

 

5. 資本のグローバリズムにより生産拠点の支配権確保は、中国の生産拠点化を進め、強気の投資で世界的生産過剰と先進諸国の生産力の低下による雇用問題が世界に蔓延した。

全世界同時不況となり、金融資本は投資先が見当たらなくなりつつある。

IT関係のリノベーションが顕著だが、これ以外に投資先がない。リーマンショックのように借り手を無理やり探す詐欺的商法しかなくなる。中国自体も債務問題が発生している。

 

6. こうした世界情勢は、投資先を探す国際生産拠点作りを求めるが必ず行き詰まる。国法にも影響するグローバリズム保護主義の台頭を免れない。

アンチグローバリズム保守主義が世界経済の潮流となるはずだしなるべきだ。

日本型の低成長受入、内需主導の単純再生産へのランディングが適切である。

無論、新たな輸出産業がリノベーションで勃興すれば別だが。

黄昏を時短で楽しむ社会、協同を旨とする社会、資本主義を卒業した社会主義社会が実現する。

そのキーは、教育や思想建設により安定して進行するであろう。

 

7. 生産拠点を自国に戻して、国内生産限定で生産調整する。内需循環だ。

既存の産業を生産調整し、外需があり秀でた生産物は輸出をFTA貿易協定で輸入を多少上回る程度で止める。

新たに輸出産業を研究開発する。

イノベーションを推進する。

政府投資は見合わせて小さい政府とする。

グローバリズムは推進せずに、アジア途上国とのブロック経済圏をめざす。

保護主義経済による内需中心の、単純再生産型の社会主義経済を確立する。市場経済であり、国家官僚統制の弱い、国の関わりは最低限、即ち国防、警察、徴税、裁判等にとどめ、社会保障は協同組合方式で運営する。

国債は長期国債に借り換え、買い手は金融機関でなく個人とする。新たな国債発行は止める、を年次計画で進める。など。

 

8. しかしこれは到達すべきランディングの姿でしかない。

少子化は、需要を超えた労働者の失業者化の防止策であり、高齢者の多い現在に拍車をかけて失業者が増えれば余剰人員の嵐だ。特に先進国には生産拠点投資が行われないから労働者余剰が増える傾向にある。

至る過程では既存の所得をめぐり就労競争が激化して、その対応は生産拠点国即ち発展途上国並みの賃金目指して収縮傾向が続き、少ない企業所得の分配では労働者に不利であり、格差社会とならざるを得ないが、高生産高所得の時代と異なり少ない所得をめぐる階級対立により、支配階級が容赦なく分配を高めることになる。資本即ち剰余価値を国外投資とする為に、配当は企業支配者の元に分配される。

格差社会ができるのだ。高度成長期は生産性向上でできた余剰人員は固定資産生産の仕事に回れたが、一巡するとその仕事も減り、受け皿はサービス労働者となった。高い生産性による所得に依存し、高い生産性作業に専念させる補助者である。その代表が主婦業であり、水商売であり、しかし生産性向上が止まると専業化は崩れる。

企業に集められた金融資本は国外投資に向かうのなら、多額の納税による社会資本としての福祉や社会保障費などに還元しなくてはならない。それより賃金として消費し内需を拡大し生産を誘導しなくてはならないものだ。なぜならこの収益は高い生産性を生み出す教育研究や長時間労働、分配を我慢した労働者により生み出されたものだから。それをしないで成果物を国外投資に向かわせる為に税収不足となり、徴税を正当化する世論操作により、支配が維持されている。

日本の税収不足は、企業の国外投資に向かう利益と同じ額だ。毎年40兆円が法人所得税の脱税額に相当する。消費税の本質は2つ、法人所得税の税率軽減の原資確保、輸出補助金として企業の内部留保を増やし応援すること、である。企業の原価にはらった消費税分は国外で販売する場合は預かり消費税がないので全額控除されるのであり、フランスのルノーへの輸出補助金付加価値税に変えてWTOの批判を免れる為に導入したのが起源なのだから。

資本のグローバル化は、生産拠点支配権を巡る他国

労働者の雇用と企業利潤追求に消えるのだ。それも国内で培った技術、その技術を生み出したインフラ、特に教育研究投資により得られたもので国民に所有権がある。これを支配権として国外に持ち出し利潤を独占する行為は、国民の力で戒めなければならないかも。要は国外投資捻出資金が税収不足として現れていて、これを消費者である非輸出企業と労働者に付け替える措置を行い、これが国民の認識ではなく合意を得つつある、ということだ。

本来、企業は投資には借入で行うものだが、国外投資するなら借入で行うべきだ。なら目をつぶろうではないか。

労賃分配金の収奪を原資として国外投資の資金にし、税収不足をきたして国民徴税に振り替えるのは企業活動に甘い。

家計の1600兆円の金融資産は、平均すれば1330万の預金がある、ということになるがそれは格差拡大での平均値にすぎない。消費が冷え込み消費生産が収縮するだけだ。固定資産財生産産業だけでなく消費財生産産業の生産力も削ぐのだ。

企業は10年間で400兆円の内部留保=資本を蓄積したのだ。

日本の労働者階級の文化水準が、政治経済社会の理解水準が問われる。外圧によってでしか変えられないのだろうか?

私には囚人的な屈辱に立ち向かう自信のない依存的な体質として映る。70年前に原爆落とされてボコボコにされないと基本的人権を得られなかった国民性は、高い知的技術的知能とは対照的な無権利、自立性のない哀れさを感じざるを得ない。

 

9. 私は、比例区共産党小選挙区立憲民主党を今回は投票することにしたが、彼らに政権担当能力はないと思う。全ては日本人気質に起因すると思うが。

長い権利意識の高揚の思想運動の先に、当面は保護貿易への暫時段階的移行をへてグローバリズムを克服し、中立平和宣言をして自衛力を整備再編し、自らの労働で自らと隣人を豊かにする先進国としての支配権を労働者階級が運営する社会を目指すべきで、それは自由市場経済によるべきで、国家や官僚による、統制を最小限にする自立社会であることが前提である。果たして日本の労働者階級は、自立社会を作れるであろうか?

ゴルバチョフは、訪日の際に、日本は唯一成功した社会主義国だと評した。

そして最後に崩壊する旧社会主義国かもしれない。私は冷戦時代にアメリカの植民地として成り上がった国家で、朝鮮ベトナム戦争成金で、キャッチアップを終え拝金主義むき出しでバブルを崩壊させ彷徨う国民であり、国際新秩序のルール作りに参加する自立性に疑問を持っている。

 

経済ノート-2

1. 前期資本主義の発展進行の結果として、国内には多様な産業が育ち、これらの生産性を向上させる為に重化学工業のような、投資型の産業が発展する。

この種の産業は、固定資産を生産するので、他産業の生産性向上に寄与する生産財を生産するのであるが、またこれ自体が新たな雇用をもたらすので、生産性向上による各産業に発生する余剰人員の受け皿にもなり、理想的な全産業の発展により農本社会から資本主義社会に失業を伴わずに以降発展できる。

この発展は流通量を増加させるので、運輸と商業も発展させ、金融も発展させる。同時に発展期は資本も労働所得も増え、社会保障制度も充実し、社会蓄積される為、金融資本の原資が社会的に蓄積し、後期資本主義=金融資本主義の土台が形成される。

 

2. 資本主義国への発展は不均等であり、先に発展した国は、国という閉鎖経済では需要は飽和し、原料資源も不足する為に、国外市場や原料調達の為の国外取引先国をできれば不平等に求めることになる。植民地であり、経済ブロック同盟国である。

閉鎖経済のままで、階級分離が強くなければ資本主義は需要不足から生産縮小し停滞して単純再生産の本来的な意味での社会主義国=単純再生産型のポスト資本主義中世国となる。

しかし、国外に市場があれば生産縮小せずリカード的分業を働かせることができる。ただし植民地の資本主義発展を阻害する為、後発資本主義国は国内では保護主義を求めるし、発展スピードも伴わず、低賃金で国外市場に挑戦することになる。この摩擦が第一次大戦で再整備され、ここで死の商人となったアメリカの台頭、既存資本主義国の消耗と植民地の再分割、遅れた農本社会的資本主義ソ連社会主義化をもたらした。

ソ連は、絶対主義を倒したが、農本社会の経済構造の為、新政権もその上部構造に置き換わったのであり、資本主義生産は国家資本主義として市場経済の発展を通じてでなく行われ、戦時であった事もあり、戦車の大量生産のような武器生産を可能とする重化学工業最優先となり、その限界=絶対主義的上部構造のまま国家資本主義を官僚政治で進めることになり、消費財生産が弱く自由生産、自由市場のない、イノベーションの欠資本主義による限界から、1990年に自滅的に崩壊したものである。

その後の社会主義も同様の農本経済の植民地の独立運動としての世界的連鎖であった為、同じ末路を辿るか、資本主義を社会主義政治体制で行うことになった。統制経済の色彩の残る資本主義である。

 

3. 重化学工業の発展含む全産業の生産性向上は、各産業で過剰生産力をもたらす。

この過剰とは、需要に対する生産力過剰である。閉鎖経済なら、生産調整に入り、まず重化学工業の固定資産生産縮小が始まり、各産業でも生産調整生産縮小になるが、すでに生産性は高いのでまずは重複産業を統合し、労働力を削減する為に失業者が増え賃金が低下する。非正規労働も増える。労働することでしか生存できない労働者は、預貯金あれば取り崩し、国に社会保障システムあれば国の負債での所得移転で救済される。人口減が最も有効な対策となる。そして需要と供給がバランスが取れれば、ポスト資本主義中世=単純再生産社会に移行できる。

黄昏的な安定社会である。これが本来的な社会主義なのだ。反植民地主義的な農本経済的社会主義時代はもう到来する必然性はない。

 

ロビンソンで言えば、食糧特に漁業の生産性を高めるために、投網や小船を作り終わった状態で、家も完成し服も作れて、要は新たな投網生産等の労働時間を割く必要性はなく減耗補修だけで済むわけで、この時間的余裕が他の労働需要に振り向ければ良いのだが、一通り終わると、労働時間が最小になり余暇時間が増え生産力が定常化する単純再生産構造に到達する。同じことが社会的に起こるだけだ。

 

4. しかし世界が1つの閉鎖経済になるまでは上記のようにはならない。鎖国社会が成立すればの話でしかない。

生存競争があり、自分だけは勝者になりたい、敗者の屈辱を避けたい、という中ではグローバルに動く。

2度の大戦は国内生産力の維持発展を求めた結果としての市場、植民地争奪の戦いだったが、今日のグローバリズムは生産拠点の支配権争奪戦の様相がある。以前の帝国主義、国内生産力を維持し増加させる為の市場ブロック経済圏の争奪戦から、生産拠点支配権の争奪戦に変化しているのだ。

資本は国内生産からの利潤だけでは頭打ちになり満足できないのである。自国労働者を減らし、生産組成の労働力商品を国外生産拠点に求めることで、発展途上国の労賃を自国労賃のブレーキとして使う。

このことは、国外リスクを無視すれば、奴隷的低賃金労働者移民を国内に入れるに等しい。

国外で生産組成すれば、組成の中の労賃が下がるだけだから剰余価値は上がり、更に拡大再生産が起きる。それは配当増として労賃の側にはゼロ解答で失業リスクさえ押し付け、100%資本増殖となる。更に再投資に向かうから国内は税収不足となる。

資本主義発展期の社会保障財源である家計の公的私的年金や生命保険、家計の貯蓄、ありとあらゆる金融資産が投資会社や証券会社を通じて運用先を彷徨う。実体経済の3倍と言われる金融資産が実体経済に群がって増殖を目指す。この資産を担保にレバレッジを効かせて信用取引が行われる為に、3倍の金融資本がグローバルに投資先を求めて彷徨っている。需要不足の先進資本主義国はその対象にならない。発展途上国に投資需要があるのだ。

中国が世界の工場を一手に引き受けたことで、またこの国が統制経済であり、官僚主義国家である為、下部組織や地方組織は争って高い成長を目指した。

返済の可能性ない投資を呼び込んだ。重化学工業は世界の総需要さえ賄って余りある規模の投資を外資で行った。しかし、世界の総需要を超えた生産力は稼働率が低く、長期の生産調整=経済縮小、徳政令=借金の放棄を迫る破綻、劇的バブル崩壊、いずれかの道の選択が迫られている。

総じてグローバルには、生産過剰=需要不足となったのだ。

日本に端を発するデフレ経済は、先進国の全てに伝染しようとしている。このことが後期資本主義の構造的特徴なのだ。しばらくは、中国が生産調整に入り、第2、第3の中国を作りながらインド、タイ、ベトナムバングラデシュなどへと金融資本は移動して通り過ぎた国にバブル崩壊を味合わせながら。

 

5. もともと、日本人は日本人としての一体感はないわけではない。家族の一体感も。しかし、日本の現代では、帰属する企業の一体感が勝るのである。日本の一体感は国家公務員にしかないのではないか(^^)

個人は複数組織に帰属しているが、労働者階級は就職により生活費を維持しているから給与支払い元に帰属する。

リタイア族は国の年金に紐づけられるが。また、失業者は失業保険や生活保護に紐づけられる。要は公務員や社会保障受益者は国の庇護下に、それ以外は税の生産者であり賃金支払い者に帰属する。

従って生産縮小生産調整は致命的であり、国外生産含むグローバル化には応じざるを得ない。

 

6.  グローバル化は資本の要求であり、国内生産投資より発展途上国の生産拠点化投資が収益性が高ければ遠慮なく国民を見捨てる。が、混乱を避ける風土は日本の法人にはある。

この段階の世界には、2大戦的な、国同士の民族主義的な戦争は起こりにくいのだ。

生産のないところに、金融利潤はない。

金融だけならゼロサムである。

生産が国内に限定された旧社会とは別の金融資本主義時代なのだ。

生産拠点をどこに置くのか、の争奪戦なのだ。

1つの製品が生産拠点を複数の国にまたがって行われることも多い。CPUはアメリカ、メモリは台湾、基盤は中国、組み立てはベトナムなどのように。ここで国際紛争があれば工場が移転してしまい国民が露頭に迷うので、誰もやりたがらない。資本も投資が回収不能となり投資回収できないと配当が得られないのだ。労働能力や労働の質、宗教や教育水準などにリスク回避を組成して生産工程や生産品は選択される。自国で全て完結するものはない。もともと石油エネルギーは輸入なのだ。日本は食糧まで輸入なのだ。

 

7. 日本の高度成長期は、国内生産と輸出が基本であり、労働者階級は、農本時代の名残の農家から農家の生産性向上によってではなく、安価な農産物の輸入により都市や工場団地に人口異動した。

もはや都市に集中して久しく、実家が都市だったりするが、実家に戻る必然性はない。生産産業の周辺に移住する為、グローバル時代には国外で定年を迎え、そこに老後は定住する場合さえある。国同士の戦争に意味がないのである。

 

8. グローバリズムは、金融資本と発展途上国には意味のあるものだが、先進資本主義の国民には中間層から発展途上国レベルすれすれにまで落ちるのだ。

部分鎖国=保護主義を行い国内仕事を増やす、高関税による産業保護、仕事しないと食えないし、高い所得水準を維持したければこうするのが一番なのだ。安い海外製品で自国産業を崩壊させるのはグローバリズム思想改造攻撃なのだ。

日本は食糧やエネルギーを輸入に頼らざるを得ない。この分の輸出を得意分野で行えばよいのだ。

小さな政府にしなければならないし、社会保障も自助を基本としてアジア特有の政府依存精神を変革しなければならない。

独立、自由、平等、博愛を基礎とした国家作りをしなければ。

 

経済ノート

1. 経済学の歴史は、農本社会から資本主義社会への移行の歴史であり、現代にいたるまでの短期間の歴史である。

常に後追いでの分析に終始した中で、マルクスケインズ新自由主義と理論が現実経済に挑んでもきたが、成功はしていない。実体経済以上に金融経済が発展し、リーマンショックの予見を誰もできず、その結果としてのグローバルデフレ経済が進行しつつある。これへの処方箋もないまま保護主義が散発的に台頭している。中国発のバブル崩壊が取りざたされているが、予見も治療法も対策もできていない。

資本のグローバル化により、難民移動が起きており、島国日本は対岸視できている。

 

2. 農本社会の基本モデルは、ケネーの経済表範式での3階級(生産、支配、不生産=商工)であり、日本では士農工商の江戸社会である。これは農本社会の世界的普遍的な階級構造、国体である。

日本でさえ、つい150年前まではこの農本主義であったわけだ。

農民の囲い込みと支配が封建社会の本質である。この支配から農民が離脱するには、革命か逃散しかないが、明治維新後も農業は低い生産を継続する支配を継続したままの遅れた国家的資本主義建設のパターンであった。今の中国もどきであり、労働者所得の消費経済型の資本主義モデルとは異なった発展方式である。

 

3. 農民による余剰生産物生産が、他の階級人口を存立させる原資である。支配階級が余剰生産物を収奪し、支配階級と不生産階級の人口を賄う。

農業は、太陽エネルギーの固定化により、種子生産物自然増が得られる。単に変化させる不生産階級の生産様式とは異なり、人間の生存に関わる最低限のエネルギー生産方法である。

ここを経済の根幹に置くシステムである為、余剰生産で原前払い=固定資産形成を行い、その固定資産減耗により生産増を果たしてきた。生産性を向上させたのは、この部分である。この固定資産形成は、生産階級が支配階級の税収奪との拮抗の中で得た内部留保であり資本である。消費に回さず次期利潤を得るための投資に使われるわけだ。農本主義も農業資本主義の要素が入っていたわけだが、自然の恵みと制約があっただけだ。

簡単な例は、牛や馬の利用による耕運による耕運力の向上がある。牛馬には減価償却がある。飢饉の際は非常食にもなる。

不生産階級は、AをBに変えるだけで、自然の恵みによる自然増はない。種子生命体の太陽エネルギー固定による増殖の制限、例えば年に一度の収穫等のような制約もないから、原料の制約なければ労働量に比例して生産量があるだけである。労働量がどれだけのAをBに変えるかは、労働量の質の変化、即ち人間労働の生物的限界を超えられる機械と動力エネルギーによる置き換えで、例えば24時間稼働が可能になるとか、何十人もの簡単安価な工具労働での土木作業を、パワーショベルの操作人とトラックの運転手と石油エネルギーにより行うことにより生産性を向上できる。このタイプの機械労働による生産原価が、現在市場の生産原価を下回る時、その差額が剰余価値となる。

生産過程Pで剰余価値が生産される、というのは一面的である。機械生産依存の低い、即ち生産段階で固定資産減耗を殆ど伴わないA賃金労働による生産であるのならば、W'のうちの'部分はAからの収奪搾取であり労働者に所有権があるが、Aがa+D(固定資産減耗)ならば'部分はD所有者に所有権があり、資本Gに帰属する。高度な機械使用による生産活動による荒利益は、ほとんどが減耗機械に属するもので、しかも利益が発生するのは、総需要と非機械生産による生産物を機械生産物に置き換えるまで剰余生産は可能である。不生産階級も生産階級同様に階級内に固定資産形成する、ということは剰余生産があることと同義であり、資本生産とも同義であり、この固定資産減耗することにより生産性は向上できるわけだ。

最近はAIの知能部分も代替しようとしている。生産の多様化により、需要の質量の変化に対応できる生産管理が求められる時代になり、需要は膨らむ。

 

4. 支配階級は、領土の内には農(=生産階級)からの税収奪機構を、領土の外には貿易と戦争、即ち領土防衛、領土拡大を担い、富国強兵が価値観となる。

支配階級は支配してなんぼだ。

現実社会は、固定した領土などなく、世界が1つになるまでは隣国はあり生き残りをかけた競争が続く。

この階級は、生産階級に依存しながら国力を上げるという矛盾を内包しており、統治のための権威を維持する消費と戦争準備の為の備蓄や投資を必要とし、消費も投資も不生産階級の中間生産と最終生産を誘導する。しかし、税を生産階級から容赦なく取り上げれば固定資産投資原資を奪い、農業生産力を増加させず不生産階級への人口異動を供給できないという矛盾である。

不生産階級人口増加が職人生産から工業化への道を開き、工業化による機械生産導入が前期資本主義発展に繋がる。機械生産による生産力増加が、資本=剰余価値生産物を生み出す。ここでも労賃と収奪剰余価値生産物との綱引きがある。資本を取るか、労賃を取るか。資本が機械生産資本として投資されることでさらなる産業が育ち、失業せずに労働者の産業異動が行われ、矛盾は解消される。資本主義発展期の黄金時代だ。

丁度ロビンソンが、漁獲量を素潜り漁から投網作りによる投網漁に変え、そのことで工具作りや家や服を作る作業時間を得て家を作り豊かな暮らしを得ていく過程と同じである。

食糧生産が生産性向上により短時間化できることで、食糧外の生産時間が得られるが、高度な道具、即ち固定資産形成がある場合は更に生産時間が短時間化できる。農業から工業商業発展の時代を迎える。

 

5. 不生産階級の生産性向上の原資は、生産階級の投資消費行動の大小で規模やスピードが決まる。

豊かな文化持っていたヨーロッパでは、生産階級内の借地農経営者の内部留保が引き金になり、生産階級内の固定資産形成や減耗補充を不生産階級により多く発注することで不生産階級を傘下に入れて資本主義経営が進んだ。この場合は市民革命、自由市場的な要素の強い資本主義化だ。もちろん生産階級からの消費材発注も多い。アジアは、支配階級発注を基本とした国家資本主義的統制経済が進行した。

これでは殆ど社会主義である。

同じ資本主義といっても市民革命型とは異なり、農本主義の政治権力システムである、絶対主義的封建主義継続内での不生産階級の生産性向上であり、農民の生産性向上も期待できず、富国強兵の国家需要に依存した計画経済になりがちで、絶対主義や軍国主義が侵入する余地を多く残すことになる。アジアは、個人消費弱く、民主主義の土台弱いまま資本主義に入る遅れた資本主義化となり、上部構造を残したまま、なのだ。ブルジョワ民主主義革命を経ることで絶対主義上部構造を粉砕できるかどうかはその後の資本主義発展の性格を規定する。

日本はアメリカに上部構造を破壊され、占領されることで、アメリカ経済圏に従属し、経済以外に存在領域を失うことで戦後経済発展でき、中国はイデオロギーを捨て社会主義を放棄し他人資本導入して奴隷労働に甘んじることで経済発展した。

中国の世界の生産集中とグローバリズムにより、世界的な生産過剰と所得の偏在化が生まれ、生産なき資本主義国が増えて需要不足が蔓延してきたのだ。

生産投資なき資本主義国の蔓延、賃金所得なき資本主義国の蔓延、消費能力なき資本主義国の蔓延、グローバル生産過剰=需要不足となって世界に立ちはだかっている。

これが後期資本主義時代の幕開けである。

 

 

 

世界同時不況

世界の需給ギャップは110兆円。そのうち60兆円はアメリカ。需要不足だ。実需を生産力が超えている。

これはIMFの発表。

金がないのか、物やサービスを作りすぎなのか、しかし金も世界に溢れている。ということは、使いたい人に金が渡ってない、ということと、貯金して節約している、ということの積み重ねなのだろう。

 

世界の主要30数ヶ国はデフレ経済に向かっており、大国では日本がデフレ経済に入ったままになっていて、脱出は安倍のミックスでトライしたが成功していない。金余りとなり、株式がミニバブルになっただけだった。

 

リーマンショックの影響は主要各国にバブルを拡散したのち一斉に弾け、世界を駆け巡った。

ヨーロッパもリーマンで押し上げられた土地バブルが弾けて、軒並み債務過剰となった。

アメリカは日本のバブル崩壊から学び、異次元の金融緩和100兆円程度?を早くに推進し、ヘリコプターベンともいわれる金融緩和でしのぎ、ヨーロッパ各国も緩和の方向に進んだ。高い金利を生む債権の証券化組成が破綻したから、金利を当てにした消費や投資が膨らみ、結局元本自体が回収できないことがわかったから、もしも借入やレバレッジかけてれば債務だけが残ることになり、過大消費、投資から返済への流れに逆流したわけだ。バブルは崩壊した。

しかし、マイナスになるわけではない。失業や倒産、投資家の自殺、GDPが縮小していく。

 

これらの国は、企業が、家計が債務返済優先の姿勢になり、新規投資や消費を押さえて、日本と同様の実需の縮小に陥ったが、ただ異なるのは実需の縮小から債務先送りの為の金融緩和を大胆に素早く行ったことだけだ。

日本は90年のバブル崩壊にもかかわらず、最近になってようやく日銀黒田バズーカによる異次元の金融緩和を行ったが、やはり同様に実需に回らず株価を上げるだけの結果を招いている。ある意味これもバブル状態を新たに作ったことになる。不動産は上がっておらず、バズーカは不足のまま、とも言える。

 

中国はリーマン直後に逆に60兆円程度を国内内陸部への投資実需に振り向けた。リーマンショックの主要国への輸出が頭打ちになるなか、好況を内需拡大で唯一維持さできた。この国だけが不況の嵐を回避できたと評価された。

しかし、収益見通しのない過剰投資という消費は、過剰生産力増という問題を引き起こし、バブルの崩壊規模を先送りして大きくしたにすぎず、実体生産力が内需を埋め尽くしたことにより、会社で言えば巨大生産設備を不況時に他人資本で導入したその会社内で生産したに近いわけで、導入時は投資財生産があるので景気はいいが、導入後には利益を産まず債務返済が利益を上回れば、資金がショートする、すなわちいずれ倒産にいたることになる。回避には雇用や投資、消費の規模を小さくして流血を止めるしかない。そして

中国だけがバブル崩壊が先送りされてきたから、中国単独の崩壊がカウントダウンされている。

また、中国の統計情報は意思が加わる為、読めない。貿易統計だけが相手国がある為、嘘が暴かれているし、そこから類推計算されている。

気になるのは、最近のビットコインの今月末停止だ。元通過が安くなっていて、これは輸出のための為替操作ではなく、多分国内資金需要の逼迫から元を刷りまくり国内の債務支払いに当てていることによる減価であるため、ビットコインによる外貨獲得を早めに、という動きからは、これ以上の元安が予測されていて、ということは既にバブルは崩壊し始めていて、国が躍起になって崩壊が明らかにならないように手を打ちまくっている、ともかんがえられる。

しかし、中国のバブル崩壊は、中国で稼いできた金融が毀損するから、世界もただでは済まない。世界同時デフレが深刻になり、各国、又は各ブロック国ファースト、の関税戦争になるのではないか?

下手をすると、戦争により当面の需要と破壊後の長期需要の拡大が催促されているのかも。

中国の過剰債務による過剰生産が、世界同時不況の根源ではないか。

で、中国バブルの崩壊により、生産消費のバランスが取れることになるのではないか。

 

経済、再生産活動-1

・ロビンソンクルーソーは、孤島で一人暮らしで、まず食糧を得て、自分の生命を維持するエネルギー源を補充しなければならない。

この為に漁業労働に従事し食糧としての魚を採る生産活動をするとき、まずは素潜り労働支出をして(枝を折って作った)モリで魚を突く。

収穫物は最終消費として食するが、食事で得たエネルギー量が生命維持に必要な収穫量に達しなければ衰弱し、経済活動は再生産循環できずに停止する。必要な量以上が得られた場合で、平均的漁獲量がエネルギー1日分程度なら、最終消費生産物を得るだけの単純再生産労働支出の繰り返しとなるが、それを超えた余剰生産ができるようになると、次の高度な生産段階に移行できる。

余剰生産力があって初めて将来発展展望が得られるわけだ。生産手段=固定資産の生産による生産力の向上が可能になるのだ。

 

・素潜りの段階から網を作る労働支出を新たに加えて、投網を作り、更に小船を作る労働支出により短時間で大漁に、という生産増活動を行う。

素潜りしながら、もう一方で網も作るのだ。労働支出はダブルとなるが、最終生産物も、魚と網になる。

次回生産活動では、投網漁労働支出と網の減耗分の労働支出で短時間漁が可能になり、小船生産活動の労働支出の余裕もできる。

 高次元になるほど、漁業活動自体に直接費やされる生産時間の短縮が得られることで、豊かになることができる。

この豊かさとは、直接対象労働時間の短縮であり、重労働苦痛の軽減であり、結果としての食糧確保以外の衣、住等の充実の為の活動時間、余暇時間、自由時間、という時間所得の取得の需要である。

 

・考えるに、網や小船は最終消費生産物ではあるが、固定資産形成であり、直接生産としての素潜り漁以外の労働支出の結果である。

ただしこれは素潜り漁に代わる漁業活動の生産性を向上する為のロビンソン自身の需要であり、生産物はロビンソンの労働支出との交換で、即ち引き換えによって得られたものだ。

固定資産即ち実物資本もロビンソンに属する所有物である。資本は労働支出の結晶化したものである。

 

・ロビンソン1人なので、自らの需要の為の労働支出との交換で得られる固定資産形成であり、賃金や資本所得などの所得との交換の必要性なしに得られるものだ。

たとえロビンソンであっても、網や小船を使っての漁は、固定資産減耗という資本支出を伴う為、短時間大量漁業の成果=漁獲量を直接漁業労働支出にのみには還元できない。この場合は、固定資産減耗補充労働支出を別途要するのである。

 

・ロビンソン1人ではない分業による社会的生産と交換による需要の充足の為には、分業による労働支出、資本支出の等価交換を必要とする。

社会需要総量は、社会生産総量と等しくなるということだ。マクロ経済である。

 

交換は、総生産で支出した労働支出と(過去労働と過去資本支出により蓄積された固定資産減耗である)資本支出の合計額と、最終生産物の合計額=需要額と等しく交換される、ということである。

 

・ただしその交換は、生産活動でまず貨幣と労働支出と交換し、資本支出(原材料代や減耗固定資産、費用等)を投下して結合させ、目的生産物を生産して貨幣と交換することで、次回生産を即ち生産継続を可能にするものである。

最終生産物は生産活動の目的であり、生産活動自体の継続の保証でもある。最終生産物を作り続けなければ生産活動自体が停止する関係だ。

それはこの場合で言えば漁業活動の停止であり食糧入手の停止につながる。最終生産物、は単に最終生産物ではないのである。

 

・最終生産物を貨幣(尺度)と交換する場合は、生産で発生した労働支出と資本支出が所得であるが、交換価格には、資本支出のうち原料費や交換作業手数料(運輸、商業経費)も上乗せされるが、これらも中間生産に対する中間消費費として分配され、中間再生産活動もそれ自体として継続されるわけである。

 

ロビンソンで言えば、素潜り漁から、小船を使った投網漁で大量短時間漁業が可能になるが、漁業労働支出直接ではなく、資本支出即ち、網と小船の減耗分の生産が分業により労働支出、資本支出され続けていて、交換活動によりそれぞれの生産部門に補充が行き渡り、社会的生産活動が継続して、経済社会が維持されているわけである。

継続的単純再生産活動、とはこのことであり、社会はこの経済活動が基本である。

経済を考える11-2

では、蓄積された自国通貨建て国債に問題はないのだろうか?現在の日本なら自国通貨建て国債外国通貨建てにせざるを得ない国と比べて、何の心配もない。世界最大の債権国家でもあるし。


預貯金などの金融資産は多いが、競争力ある生産性ある国内民間活動が鈍くなり、潤沢にある固定資産を減耗以下しか再投資しないでいて、未来を棄てかかっている民間が問題だ。現在利益を最大にしているだけだ。民間が金融資産を外国に移して生産活動するくらいなら、法人税を下げずに、その穴埋めの消費税など入れずに、逆に法人税を上げれば国内の政府資金が潤沢になるから、国債発行する必要がなくなるか減る。国富の外国持ち出しにより、外国で生産性向上を得て、それを企業が再投資する構造だ。国内は生産即ち労働力投下を減らし=所得を減らして、国外生産物を安く輸入して消費するだけだが、その多くは高齢者の金融資産化された資金に依存することになる。現役労働者に所得が行き渡らないからだ。

国の生産力が衰えるから現役労働者に豊富な所得は生まれない。だから働かず親の庇護から抜けない子供も増える。低賃金仕事しかない構造で自立しにくい。でもこの環境で自立できてる子供はすごい!

 

ケネーの範式で表現するなら、剰余生産物はこれを国外融資しつつ生産資本も国外で組成、政府は銀行から借りて政府支出していて、税収不足になるのは当然だ。生産階級、不生産階級内部に未供出の内部資産がある為、政府財源が不足している、という状況なのだ。

 

日本の財務省は国が借金まみれになると、危機感を煽っていて、何とか税収を上げて収支のバランスを取りたがっている、という状況だが、財界の要望である国外融資活動資金の捻出と、国際的な流れである株主配当の為に法人税を下げるので、消費税に頼るわけだ。この間の消費税増税法人税減税で消えているわけで、福祉に回してるわけではない。

だが、生産組成を外国でやる構造なので国内生産活動は萎縮、しわ寄せは現役労働者にくる。

低賃金と長時間労働で国外生産コストを下げるからだ。文句あるなら、海外に生産拠点をより多く移すよ!が、殺し文句になる。

関税をなくして自由貿易にするなら、また、その方向で進むから、安いコストで需要が満たされるメリットは日本にもあるが、資本蓄積と生産組成を国外に持ち出される影響がより大きく、貧困化する。

企業は経常で収益得られるが、家計では高齢者の蓄積が消費の主力となる。しかしながら高齢者の消費は少ない。

で、日本に金は余っていて有効に投資されない構造になる。全体で余っているが、現役労働者にはきつい中身だ。だから、政府はここで、大型の国債発行して、赤字国債による消費を減らして、政府投資を推進することが必要なのだ。

例えば保育所、老人の介護施設、研究開発施設への巨大投資など、民間ではできない。

現役労働者の未来を約束し、給料以外の出費を公的部門で補うのだ。国債発行もインフレにならない間は継続できる。また、こうすることで企業や家計に余った資産を実質的に吐き出させることができるのだ。いずれにせよ全てのしわ寄せが現役世代に向かっているのを変えなくてはならない。選挙で選ばれた代表に、国債発行増による現役世代への実質給付を増やして、ロボット開発やITインフラ整備やシンクタンクや、そうした未来の生産性向上の固定資産や非固定資産投資を国が行い、将来の税収増とすることが大切だ。今のままだと官僚の天下り先への出資金支出に国債が化けている現状を打破できないでいるのだ。これは余裕ある今やらなければならない課題なのだ。また、多かれ少なかれ、グローバル化が進む先進国共通の課題なのだ。

 

尚、この政府投資はケインズ流のニューディール政策である。ダムや道路網を作ってその後の生産性を上げる、というものではない。そうできれば良いがもうハード面での社会インフラ済んでいるのだ。

だから無駄な投資に終わっても、条件よく働く場所が出来て、デフレが止まれば良いのだ。成果をことさら求めれば、民間がとっくにやっていたのかもしれないのだ。民間ベースでの収益性を求める必要もない。何ならピラミッド作りでもよく、大昔も同じ問題に悩んでいたはずだ。余剰資産を吐き出させて経常の回転を進めるのだ。一方で金余りで使わない、もう一方は働けど苦しい。節約するしかない。なら、金余りのところで死蔵している金融資産を吐き出させて経済を循環させて血栓を除去する、ということが肝要なのではないか。

経済を考える11-1

国債発行について

政府は国会の承認を得て、国債を発行する。

要は政府の負債だ。市中で販売して銀行が買う。

税収の範囲で歳出組めば、発行する理由はないのだが。

 

銀行は日銀への預け金である日銀当座預金を購入国債分を減額することで購入するわけだ。だから銀行の日銀預金と債権としての国債購入たの等価交換であり、インフレに発展する危険はない。実質では国債金利が銀行に収入として入り、政府は金利債務を負うが、マイナス金利に近ければ、その負担もかなり少ない。

 

政府は予算執行で、発行国債分で建設投資する場合は、請負業者への支払いは政府小切手で支払う。

政府小切手は流通できないので銀行に持ち込まれ、業者口座に預金される。この時点で業者の所得となる。国債発行が、民間業者の所得増となる。

 

政府は、一方で発行国債分の固定資産を持つことになる。仮にこれが高速道路で有料なら回収もできるし、また、公共財として普通の道路なら、運輸業の発展や自動車の普及を通じて企業所得を経て税収増をもたらすインフラ=国富となる。

 

また、政府小切手を業者から持ち込まれた銀行は、日銀に渡して、その額の日銀当座預金の増額で交換処理される。国債発行は、生産増=所得増を民間にもたらす為にGDPを押し上げる。政府は建設国債ならば、国富となる固定資産を保有できて、現在価値としての使用料収入や、将来の民間の生産性向上による税収増の素材を得ることができる。

 

一方で赤字国債として、政府直接消費や所得移転により福祉財源として発行する場合を考えると、国富は得られないが、民間に所得を発生させる、財やサービスとの交換が行われてGDPを向上させられる。

従って、これも需要不足の状況、即ちデフレ経済なら有効な経済政策となる。ましてや低金利ならなおさらだ。

これがゲインズ政策であるが、過大な国債発行はインフレ経済になる。すると金利は上がるから国債発行は困難になる。が、一方でインフレは供給不足の為、民間に投資の必然性が発生する。資金需要が旺盛になるわけだ。だから金利が上がるのだが、この場合消費が活発なので、所得も増える。だから所得税収入も増えるし、加熱するなら増税で冷やしながら税収を増やして国債を償還すれば良い。

 

一方で紙幣は日銀債務であり、銀行が業者等の要求で預金を現金に換えたい場合、日銀から現金を受け取り、銀行の日銀当座預金を減額する。ここでも等価交換だからインフレにはならない。ここでの発行通貨、すなわち紙幣は日銀の負債証書である。日銀は市中に通貨需要があるときには、現金を発行して負債を負うのだ。しかしながら日銀当座預金を減額していて、銀行の信用貨幣発行である預金を減らして流量を調節している。要は、紙幣の発行は、この管理通貨制度のルールをが守られている限りにおいて、単に交換の媒体でしかない。日銀の債務発行は引き換えの担保をとっているから。

借入を起こして民間の事業を行い雇用を発生させて生産物を得る活動を進めるかどうかにかかっているわけであり、需要不足はこの活動が萎縮する方向性を示しているわけで、このしわ寄せは日本を始め先進国の労働者階級に顕著であるが、途上国労働者の労働に分配されるわけだ。

続く