資本主義を考える-1

・社会的な需要総体は、社会的な分業的生産労働総体により得られる生産物の範囲から満たされる。

需要は、労働生産物から得られる生産物だけで無くサービスも含まれる。サービス労働需要もある、労働が価値を作るのだから。

 

レストランで食事を注文、商品としてのステーキを買うも、雇っている家政婦に原料の肉を買わせて作らせる、かたや商品購入、かたやサービス労賃、原料を調理労働して出てくるステーキに対価を払う意味では同じ需要である。

 

・満たされる需要は、生産労働生産物又はサービス労働の範囲でしか満たされない。空気や水などのように自然に労働を伴わずに得られるものには、需要はあるが、供給労働による賃金所得対価を支払う必要はない。

このことは労働によってのみ価値が生産される、ということでもある。労働価値説を基盤として考えることになる。

需要を超える超過労働があれば、生産物が余剰生産物として残ることになる。超過労働が超過生産となると、超過分の賃金プラスがあれば、市場でプラスの労働所得分の購買が可能となるので、需要さえあれば総生産と総需要は拡大して均衡する。

この場合、超過労働により生産物は過剰に生産されるが、超過労働による労働所得で超過生産物を買うことができる。残業代で給料が増えたんで、その分の購買力が増えて、間接的にでも消費は増える。

経済規模GD Pは拡大するのだ。貯蓄にまわさなければ、ではあるが。

 

ここで、有効需要を生産労働価値又は生産労働所得との等価交換により得られる需要、と定義すると、債務を伴わずに得られる有効需要は、生産労働所得の中から、その範囲で満たされることになる。

 

・集団社会では、生産は分業で行われ、需要は流通過程を経て総需要となる。

もし、過剰生産分の需要がない場合は、在庫として次期生産が縮小するから、生産労働は他の需要の為の労働に分業移転する。所詮、需要は生産力に規定されるのだ。

いよいよ資本主義的生産に移行すべき時期が来た。次章はこの前段階に踏み込む。