経済を考える9-5

ケネーの範式で、生産階級は、人口の80%近くを占める農民に限られていて、この階級だけが原前払い、即ち過去労働からの蓄積物である生産用の固定資産、現代用語で資本、を活用して、余剰生産物を生産していた。

不生産階級は、年前払いのみの資本、即ち経費分しか蓄積がなく、生産活動で生存できるだけの収入しか得られなかった。

それは、自然自体の生産力に依存できずに、労働のみの価値しか持ち得なかった業種だったからだ。

不生産階級の剰余価値生産生産の可能化、即ち、新生産階級への昇格、が資本主義化であったわけだ。

 

Aなる原料をBなる有用生産物に変化させる加工労働が自然の生産性に頼れないこの階級の特徴であり、その分、労働効率向上のみを剰余価値生産の根拠とすることになる。

A-B、これを可変資本、即ち労働力で行うわけだ。

GーW-G変換で、貨幣資本を生産資本に組成するとき、原料Aが、生産物Bになるのに必要な原料Aと労働力商品を市場から調達組成するのだが、労働力商品のうち、原前払い利用での混成労働による生産性向上効果で、少ない現労働で過去労働との混成で生産物Bが得られる労働力として編成されれば、固定資産減耗即ち過去労働への返済と将来労働の為の蓄積固定資産増分の貨幣資本残分が生産資本内に蓄積する、即ち剰余価値が生産される、というのが私流の理論だ。

この残分を貨幣資本として使い切れば、即ち原料増と労働力量と固定資産減耗量と同エネルギー量に同率配分すれば、原料増分の生産物増となり販売後の貨幣資本増となって現れるから、また、この方が

生産資本内残存貨幣資本<生産後の増額貨幣資本

なので、

WーW'ーG'にした方が(W-δ)ーWーGよりよい。

わずかの差ではあるが。

剰余価値は、将来の労働効率向上のための原前払いに投入することで、次回生産での労働効率を上げられる、即ち高度機械生産投資に活用されると健全な資本主義発展が得られる。生産効率向上への貯金、それが剰余価値の価値である。

 

しかし、社会的需要に資本主義的生産が到達すると、生産過剰となる。この業種での拡大再生産を必要としなくなる為、剰余価値が行き場を失う。

マルクスの再生産表式での、生産材生産が生産時減耗分の補充生産のみに縮小する。また、消費材生産も縮小する。が、最終消費分の需要分生産の段階まで縮小した後に、定常生産状態で安定するが、剰余価値生産も縮小して安定するが、結果としてどうなるのか?剰余価値を将来固定資産増に行う組成がない、即ち、労働者階級の雇用用途が減るので失業率がアップ、または賃金の引下げ、又はその組み合わせとして、総労働者の総賃金の低下をもたらし、これが更に需要そのものを減退させる。

一方で、下がったとはいえ生産継続すれば剰余価値は発生しているので、貨幣資本の滞留として現出する。

資本主義のシステム優位性は、発展段階の前期資本主義の健全さだが、ここの臨界点でその健全さを失う。発展が止まるのだ。これだけ大きな生産力拡大が自由主義経済?で無秩序に増加すると、生産材生産部門から縮小が始まる恐慌経済を頻繁に繰り返すことになる。

消費の為の生産、が、生産の為の消費、となる。

無理やりの消費は、グローバルな国外貿易の為の支配権の及ぶ国外市場や支配権及ぶ低価格原料調達先を求めるし、失業者の削減と生産回転維持拡大の為の戦争の常態化か、ケインズ流の負債発行による失業者の救済としての無利益生産、などの政治的調整が求められる。ただ、不健全なのは戦争による廃墟から、強い需要が再生し再開する、また、戦勝国もより過剰な生産設備需要に応えた結果、平和移行後で大規模な生産縮小を迫られるに至ることだ。

アメリカはソ連共産主義国を仮想敵とした冷戦により、支配権及ぶ市場獲得のためにも軍需生産回転継続の為にもアジアでの戦争を継続して高度な生産力を維持してきた。

第二次大戦後、現在は後期資本主義に到達しており、日本はその先頭集団になった、なってしまったということだが、後期資本主義のケインズにかわる処方箋が必要ではないか。ただ、生産力の現状維持又は低下を受容することになるが、その場合、平和路線なら実質的な失業増と国民総賃金の低下を受容せざるを得ないが、生産労働人口減の背景が軟着陸を期待させる。

 

 

 

 

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