経済を考える8

いよいよ、本題?にせまりたい。

マルクス資本論の主要命題  (記号の定義は後述)

 

GーW(Pm+A)…p…W'ーG'    

 

即ち、GーWーG'   説に対置して

名付けてGーW-G仮説を8シリーズでは検討してみたい。

 

労働者は、労働力商品Wを賃金G貨幣と交換して、生産活動に参加し、得た賃金Gで生産消費材商品Wと交換して生活、再生産する。

W-GーW  

が労働者階級の図式で、蓄積即ち資本化できる剰余生産ができない働き蜂的な階級。

   現代でも消費を抑えれば貯金はできるが、それもいざの蓄え、老後の蓄え、豊かさ先送りの消費資金でしかない。貨幣が資本化するには、生産活動に資金投下しなければならないから、あと送り消費可能労働者階級でしかない。

 

 一方で資本家は、

GーW-G

貨幣資本を労働力商品含む商品に交換で変え、生産活動させて拡大貨幣資本にもどす。

しかしこれでは価値が増えないので、この交換ではあえて交換の王者的存在の貨幣を資本化するリスクをとる意味がない。だから

GーW-G′   

であることが必要。として貨幣増殖即ち資本の増殖としてマルクスは展開する。

資本としての貨幣Gを等価の商品資本と交換する、即ち不変資本Pmと可変資本Aとに交換入手して生産活動PをさせてW′なる増殖した生産後商品を得てG′価値増殖した商品を等価の貨幣資本に変える。

ここで、Aは労賃、Pmは、原材料と施設や機械等の固定資産減耗。

等価交換で、資本は形を変える。

生産工程で労働により価値が増殖される、というもの。したがって増殖は労働によって得られ、労働者階級に帰属するものと考えている。

マルクス主義経済学の根幹部分だ。

そして交換自体は価値を増やしも減らしもしないというものだ。

G-WーW'-G'

より細かく正確に表現すると、

GーW(Pm+A)…p…W′ーG′    

Pは生産工程。 

価値の増加は生産工程で作られ、交換は常に等価交換、労賃以上の生産をさせる生産工程で、生産工程前の価値が生産活動を通じて商品として現れるから商品資本として増え、その後の貨幣資本が増え、剰余価値が資本家所有所有の貨幣資本になる、というもの。

 

ケネーの範式での生産階級は、30のインプットで50のアウトプットを得る。これをマルクス資本論に当てはめると、不変資本Pmを10+5、可変資本Aを15とすると、というのは、原前払い100、の年間償却が10で、年前払い20が、種子や年間消耗する資材の原材料、と農民の食糧即ち賃金にあたる、の合計が表現されているので、それを便宜的に原材料5、と食糧15に分けてみた。Pmは10+5で15、Aも15になるわけ。

30Gー30W(15Pm+15A)…50W'-50G'

となる。30Gが、生産活動で50Gになるわけだ。

今のが剰余価値を生む生産階級だが、ちなみに不生産階級はどうなるのだろう。

10Gー10W(10Pm+10A)…[(20W'ー10A)=10W']ー10G'

になるのではないか。剰余価値分の生産増はA即ち食糧=賃金に吸収されて貨幣資本は生まれない。これは、資本家のいない生活するだけの為の自営業者的な単純再生産社会であり、没落して資本生産参加する労働者階級になるか、生産性上げて資本主義化して剰余即ち資本を生み出す資本家になるかの分岐点の幅の中に存在する将来分岐する前段階階級であると思う。現代では、社長も雇われ経営者で高級労働者でしかない。

 

話を進めると、たしかにPm+Aが生産過程に入る条件で、ここで剰余価値='  が生まれると、これまで触れて来なかった、ケネーの経済表範式ではない、もう一方のジグザグ表と呼ばれる「経済表」の意味が見えて来る。

余剰生産物が資本化して、それ自体が自己運動できて、半分の?資本を生み、またその運動が更に半分の資本を生みという現代の乗数理論そのものだ。

ケネーのジグザグで単純な図の意味が300年前の当時は本人の残されたメモとしてあり、誰もわからなかったが、100年程前のケインズの乗数理論そのものだったことがわかったようだ。資本とは何かを最も初めに理解していたケネーは天才であるが、その思考方法を理解できれば深い経済知識がえられるはずだ。

余談だが、ケネーは宮廷医になる前の学生時代、まずしくて40km?の彼方の図書館に通って何冊かの本を借り、読みながら帰ると全部読み終わって理解した、との逸話もある。好きなことは苦痛にならないようだ。

また脱線したが、要は剰余価値生産が貨幣であろうと現物であろうと、単純な消費で経済循環から外れずに、経済循環に資本化されとどまる。したがって資本の生産活動がどうなされるかを解明しなければならない。マルクスの図式に問題はないのだろうかをケネーの視点で分析したいが、直感では

GーWーG仮説だ。

資本主義の剰余(資本の前段階)を生み出すスタートは労働だが、労働だけなら単純再生産を繰り返すだけ。ロビンソンクルーソーがいくら頑張って熟練しても、手作りのモリすらなければ消費生活を繰り返すだけ。余剰時間でモリや網を生産できなければ、船を生産しなければ、魚群探知機を生産できなければ余剰時間がより多く生まれない。資本は余剰生産物が生まれて初めて形成されるし、その形成は原前払い、が拡大生産する資本を増殖する。

即ち、償却する有効な固定資産形成が資本の現象形態である。蓄積労働でもある。蓄積労働は、労働力商品そのものに分類統合され、Pmのうちの原材料とは区別されるべきではないか、が8-2での検討課題だ。