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経済を考える3ー1

物々交換は交換のちょっとした欲望の不一致で行き詰まりをもたらすが、誰もが交換を拒まない、「交換の媒介物」貨幣が存在すれば、取引主体間で交換が成立する可能性は格段に高くなる。

取引主体間での貨幣の受渡しを通じた、価格の実現と契約の履行について考察する。

 

決済手段として何が用いられ、支払い完了性を持つか否かを検討しなければならない。

 

支払い完了性を持つ決済手段は、現代経済における決済システムでは、

現金(中央銀行の負債項目の1つとしての中央銀行券)による決済では当事者間の現金の受け渡しによって決済が即座に完了する。

民間銀行の要求払い預金の振替をつうじた決済は、民間銀行間の振替と民間銀行と中央銀行当座預金の振替をつうじた最終決済の2つの段階からなる。したがって異なる民間銀行間の決済尻は支払い完了性のある中央銀行当座預金口座振替を通じて最終的に決済されなければならない。

このように現代経済では、現金と中央銀行(日銀)当座預金が支払い完了性をもち、中央銀行を頂点とする決済システムの階層構造が形成されている。

 

貨幣それ自体は、価格契約と債務契約がその引き渡しによって履行され貯蓄された一般的購買力がその形をとって保持されるものであって、

計算貨幣が貨幣理論の本源的概念である。

計算貨幣により表示された債務契約と価格契約はそれ自体の引き渡しを通じて履行される。これが一般的購買力を保持する手段であることを指摘するだけでは物々交換の段階にとどまる。

ケインズによる貨幣論では計算貨幣に関して、

1、債務契約や価格契約上諸契約が計算貨幣によって   表示されること

 2、計算貨幣に貨幣が照合すること

3、その貨幣の引き渡しによって契約が履行されること

が既に強制力ある法律、慣習、国家や社会を導入しないと成り立たないことばかりである。

ケインズは、クナップ(Knapp)の表券主義、貨幣は国家の創造物である、に注目するのは、物々交換経済と貨幣経済を区別するのは、交換の媒介物としての貨幣の使用ではなく計算貨幣としての貨幣の使用である、と考える。

銀行貨幣は、私的な債務を表すものではなく国家の負う債務を表すものになる。そして国家の表券主義的特権の行使を通じて支払い完了性を持つ本来の貨幣の一種としての代表貨幣に転嫁する。

代表貨幣は、それ以外の他の何かあるものををもって支払いを強制されることはないので、当事者間での代表貨幣の受け渡しが最終的決済とみなされる。

銀行貨幣のうち本来の貨幣のカテゴリーの中に編入されて、代表貨幣と定義されるのは法貨の性質を持つ中央銀行券であり、中央銀行券は国家貨幣の一部を構成する。

ケインズの分類方法では、法貨と定められる貨幣に、法貨との交換が保証されている貨幣を合わせたものが国家貨幣である。

続く。